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2012年3月11日は日本中の皆さんが、それぞれ様々な思いを持って過ごされたことと思います。

もう1年なのか、まだ1年なのか。

いずれにしろ、津波や原発事故によってもたらされた難題は、未だうず高く残り続けています。
震災後の2年目、一サークルとして、一学生として、そして一人間として、これらの難題ときっちり向き合い、その解決に向けた道づくりを多くの人たちとともに進めていきたいと思います。


さて、3月11日は、3.11関西学生ネット阪大のメンバーが岩手で支援活動に励む中、私たち同志社のメンバーは全日に引き続き、脱原発集会・デモに参加しました。この日訪れたのは、大阪です。

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この日は「さよなら原発 3.11 関西1万人行動」として、中之島一帯で3会場・3コースに分かれて集会とデモが行われました。私たちは中之島公会堂裏の女神像広場から御堂筋に沿って、難波まで歩きました。

始めは、あまりプラカードや鳴り物を持たずに整然と歩いている集団と共に進みました。若者はほとんどいませんでしたが、デモに慣れていない人や違和感を感じる人たちも気軽に混じって参加できる雰囲気であり、地味だけど、このようなデモも良いな、と感じました。

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途中からは音楽を鳴らして走るサウンドカーの後ろの集団に混じってみました。この集団は、若者やプラカードを持っている人たちが多く、騒音に対する評価の良し悪しはあるでしょうが、活気のある印象を受けました。

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今回は3コース合わせて、約7000人が集まったそうです​。しかし、前日に京都で感じた「学生や若者の少なさ」は大阪でも感じざるを得ませんでした。今後、脱原発を願う、より多くの、より多様な人間が躊躇せずに主体的に参加する必要があります。個々人の主体性は、デモのみならず、脱原発に向けた様々な動きをさらに一般化させることにつながると思います。


なお、この日は福島や東京で1万人を超える脱原発イベントが開催された他、日本各地、そして、世界各地でデモや集会が実施されました。





2012.03.13 Tue l 未分類 l コメント (0) トラックバック (0) l top
福島から京都への避難者の方が呼びかけられた「わたり土湯ぽかぽかプロジェクト」の募金活動に、サークルから3名で参加しました。

8名で3時間行ない、32,407円の募金が集まりました。このお金は、みんなの手を通じてぽかぽかプロジェクト事務局にお届けします。

呼びかけ
http://minnanote.exblog.jp/17764836/

ぽかぽかプロジェクトの詳細は下の日記を参照してください。

今日こそはきちんと写真を載せます。

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2012.02.12 Sun l 未分類 l コメント (0) トラックバック (0) l top
ひとつ前の記事で紹介した「わたり土湯温泉ぽかぽかプロジェクト」の詳細が載ったページへのリンクです。

プロジェクトの詳細はこちらからご確認ください。

(リンク元は『「避難の権利」ブログ』です。)
2012.02.08 Wed l 未分類 l コメント (0) トラックバック (0) l top
去る1月11日、京都市伏見区桃山の公営団地に原発事故被害の​ため避難してきている方々でつくる「ふれあいの会」メンバーと3.11同志社学生ネット二団体間で​交流会を行いました。
(「ふれあいの会」サイト:http://peachmount.exblog.jp/i2/

交流会場は桃山団地の集会場で、ふれあいの会からは5~6人のお母さんと男性メンバーが集まっ​てくれました。桃山の公営団地へ来られている人たちは「自主避難​」してこられている方々で、茨木など福島県外の方もおられました。私たちのサークルからは8人が参加しました。

交流会の中では、避難されてきている方ひとりひとりの今日までの経緯と現在の心境をうかがうことができました。
それぞれの方が、放射線量の多い中で子どもを屋外に置いてしまっ​たことへの後悔や、家族や友人、知人を残し自分だけが逃げてきてしまったという負い目を​抱えており、また夫を家に残して離れ離れの生活を送っている精神​的・経済的苦悩の中にありました。
もちろんそうした話は日々のニュースの中でも流れてくる情報では​ありましたが、狭い空間を共有し顔を付き合わせて聞くお話は、と​ても切迫感のある自分自身の課題として突きつけられまし​た。

私自身は正直、昨年の原発事故から11ヶ月が経過し、当初抱いた焦りや「​何とかしなければならないという」強い気持ちは失わ​れてきていたと思います。でも、避難者の方々と言葉を交わし、まるで​戦場にいるかのような気分になり、危機的な“現実”に気づかされ​ました。

しかし彼女ら彼らが「被災者・被害者」という一面を持つ一方で、ふれあいの会の方々は避難してきている同じ境遇の仲間や、未だに被災地に残り生活する家族や友人らのために「何かしなければ!」と精力的・主体的に活動されていました。今回の交流会を通じ、私たちが被災者たちを「支援する」どころか逆に元気や勇気をもらい鼓舞されて帰ってきたように思います。そして被災者とのつながりが持てたことにより、私たちが行うべき活動とは何か?を改めて考えさせられました。

今回、時間のない中で交流会に顔を出し、お話を聞かせていただいた「ふれあいの会」のみなさん、どうもありがとうございました。
このつながりを大切にしながら、今後も私たちの活動や仲間づくりを発展させていきたいと思っています。
2012.02.03 Fri l 未分類 l コメント (0) トラックバック (0) l top
期間12.27~01.02
参加者 計3名

12/27 夜 宮城県石巻市着
  28   石巻市での在宅高齢者の巡回、石巻市・女川周辺の視察
29   石巻市での在宅高齢者の巡回
30 昼 岩手県大槌町着 大槌町在住借入住宅の方との交流
31   岩手県大槌町での仮設住宅の巡回
01/01   岩手県大槌町での仮設住宅の巡回
02   岩手県大槌町での仮設住宅の巡回
03   朝 京都着


 今回は宮城県石巻市、岩手県大槌町での2か所で活動を行った。

 <宮城県石巻市>
石巻市では「NPO法人フェアトレード東北」でお世話になり、事務所に寝泊まりさせていただいた。フェアトレード東北は現地の方々で構成された組織であり、中には震災で家や仕事、家族を亡くした方もいるそうだ。しかし、それを感じさせないくらい皆明るく活動しており、私のことも温かく迎えてくれた。

石巻市での2日間は主に在宅高齢者の巡回と、旧石巻市・女川視察を行った。

震災の面影を感じさせない石巻市内を抜け、沿岸部のお宅へと向かう。沿岸部に近づくと車窓から見える景色はがらりと変化する。急に家や木が無くなり、車窓から見えるのは何もない更地だけになった。良く見ると、かすかに人の住んでいた形跡である衣服の切れ端や車のタイヤが泥の中に埋まっていた。道の真ん中には、津波の被害を象徴するような工場の大きなドラムが今なお放置されていた。

職員さんと2人で在宅高齢者のお宅を訪れると、皆笑顔で迎えてくれた。中でも、とても素敵な笑顔のおじいさんがいたのだが、こういう風に笑えるようになったのは、つい最近のことだという。もともと漁を営んでいたおじいさんは、津波の被害で職を失い、それ以来口数も少なく、笑うことも少なくなった。しかし、フェアトレードの職員さんが足しげく通ううちに少しずつ、心を開いてくれるようになり、今では良く笑い、良く話すようになったのだという。被災地の復興や被災者の心を支える影の努力を垣間見た。


 また、旧石巻市~女川までの視察にも連れて行って頂いた。フェアトレード東北の職員さんから話しを聞きながら、沿岸部を回る。メディアから入る情報は「復興が進んでいる」というものであったが、実際に足を運び、自分の目で現地を見ると、その情報がいかに表面的なものか痛感する。

今回は特別に仮設住宅も案内していただいた。仮設住宅の壁には釘を打つことができないため、もともとあったねじを引き抜いて、その場所に棚を設置したりといった工夫をして生活を営んでいるそうだ。高齢者に関してはそういった助けも必要であろう。


 <岩手県大槌町>
30日の昼ごろ、現地入りする。
遠野まごころネットに合流する前に、借入住宅に住む夫妻と小学生のお子さんに話を伺った。震災直後は街中に遺体が放置されており、そういった現状を小学生の子供達が目にしたと思うと、心が痛む。彼らは今もなお、震災の様子をテレビで見ると気分が悪くなるのだと話していた。また、借入住宅と仮設住宅の支援の差についても問題があると感じた。
街の様子は石巻市のように、沿岸部だけすぽっと何もない更地が続いている。しかし、街には復興食堂が立ち、ボランティアや被災者の交流の場になっているようだ。ちなみにここのカレーはすっごく美味しい。

遠野まごころネットでは、大槌町の仮設住宅を対象に年末年始のご挨拶を行った。基本的に挨拶程度であったため、1人1人にゆっくりと時間を割くことが出来なかったが、多くの被災者に会うことができた。中でも印象に残っているのが、震災前、商店を営んでいたおじいさんの話しである。その方は店舗を津波で流されてしまい、現在は仮設で経営を行っているのだが、現地の復興を考え、NPOを立ち上げたそうだ。こういった復興の芽を応援していく必要があると感じた。
 しかし、お正月に関してはやはり「祝う気分ではない」という方が多いようだ。毎年多くの初詣客でにぎわうお寺の境内も今年はやはり人数が少ない。新年を迎え、被災者の気持ちがどう変わっていくのか、今後も支援者として考えていかなければならない問題である。


<総括>
 被災地の現状として、全体的には前を向いている人が多いと感じた。NPOの立ち上げなど、被災者が自ら復興を行おうとする伊吹が感じられた。しかし反面いくつかの問題も残る。
一つ目は、支援の差である。住んでいる地域や、住宅(仮設か、借入か)などによって、支援に差が生まれ、それが住民間の不満に繋がっている。こういった面でもケアしていくことが必要である。
二つ目は、現地ボランティア組織のマネジメントである。しっかりとした体制がつくられていないため、内部でのもめごとなども起こっている。そういった組織マネジメントを支援することも求められる。
三つ目は、ひきこもりへの対処である。本当に精神的にダメージを受けている方は、訪問しても居留守を使うなど、ボランティアと接する機会を作ろうとしないこともある。そういった方をどう支援していくのか、考える必要があると感じた。
このように、被災地には今なお考えなければならない問題も残っている。これからも定期的に現地と接する機会をつくって、何が被災者の支援となるのか、考えていかなければならない。

2012.01.05 Thu l 未分類 l コメント (0) トラックバック (0) l top
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